||| ヒラメをしめる理由 |||

◇釣ったヒラメは素早く絞めて、程よく寝かす?◇
 よく船釣りで釣り上げたヒラメを、生簀(魚槽)で泳がせようとすると、船頭が「さっさと絞めてクーラーに納めろ」と言います。釣りをやらない人からみると、何のことか理解に苦しむでしょうが、これは「釣ったヒラメを即殺して氷で冷やして置きなさい。その方が絶対に鮮度も味もよくなる。」という意味があるのです。それは、こういう理由からきています。魚は、ものに驚いたり苦悶したりするとバタハダと異常な行動や運動をします。魚が狭い船の生簀(魚槽)や活魚料理店の水槽の中で盛んに暴れているあの光景がまさにそうです。魚が元気よく動き回れるのは「ATP」(アデノシン三リン酸)という物質を消費して、そのときに生まれるエネルギーによるものです。釣られた魚が生簀の中で動き回れば、ますます「ATP」が消費されます。実は、この「ATP」は分解していくと「IMP」(イノシン酸)という旨味成分となるのですが、いつまでも活かしておくとどんどん消費が進んでいきます。つまり、魚が暴れたり、泳ぎ回っていと「ATP」がどんどん無くなって旨味成分もどんどん少なくなってしまうという訳です。
 釣りたてや絞めたばかりの魚の身は、コリコリして歯あたりがよくてとても美味しいとい方もおられます。逆に活き絞めという新鮮さを求める故にコリコリするだけで、旨味がなくて不味いという方もいます。食に関する味覚は、感じ方が人それぞれ異なりますので解釈が難しいのですが、この食べたときのコリコリ感が旨いというのは、科学的にいいますと必ずしも正しいとは言えません。魚は、死ぬとはじめのうちはとても柔らかいのですが、この魚を食しても、その身肉(筋肉)は、アルカリ性を呈していて食べてもあまり旨味を感じません。魚を絞めるとそのうち硬くコチコチ状態になっていきます。いわゆる「死後硬直」となります。先ほどの「コリコリしている」というのは、この時期のものを食べるからです。しかし、当然この時には、旨味成分である「IMP」(イノシン酸)は、まだ増えていませんので、味にはまったく旨味が出ていません。この時期を過ぎると、硬直が終わりいよいよ自己消化へと移ります。このときの魚の体内では、「ATP」がどんどん分解して「IMP」(イノシン酸)量が最高に増加しています。すなわち「旨味も最高」となっているのです。
 それでは釣り上げたヒラメを例に考えてみましょう。ヒラメを即殺して、死後硬直している状態で氷の入ったクーラーに大切に保管しながら持ち帰りました。クーラーを開けてヒラメを観察しますと、まだ死後硬直から軟化の真っ最中です。ヒラメの身肉を触りますとくにゃくにゃした感じがします。クーラーから出して冷蔵庫で1〜2日経ちましてもこのような感じが続きます。やっと3日目くらいから再度硬くなりはじまりました。これが(再)硬直の始まりで、旨味成分である「IMP」(イノシン酸)が出ている状態です。ヒラメは、釣り上げてから冷蔵庫の中で3、4日置いてからの方が本格的な「旨味」が表れ始まりますので、その時間を経過させた方が美味しくなるのです。ですから、活き絞めにしたヒラメを持ち帰りましたら「サク」や「昆布じめ」にして2〜3日ほど冷蔵庫でエイジングしてから食べるのが最高のヒラメ料理といえるでしょう。
 ヒラメなどの魚類に限らず動物の殆どは、活きているからといって、必ずしもすぐ刺身や生の状態で食したら最高に美味しいというわけではありません。「ATP」(アデノシン三リン酸)をいかに多く貯蓄しているかに左右し、その後、分解されて旨味成分となる「IMP」(イノシン酸)の量に大きく影響します。ヒラメの最高の旨味を味わうのでしたら「素早く絞めて、程よく寝かす。」これが本当の旨さの決め手です。但し、それを放置し過ぎると今度は「腐敗」へ移行しますので、食べ頃の見極めも大事です。特に夏の季節での対処では、食中毒に充分気をつけるようにしましょう。
●更新日:2010/02/11、2004/05/17、2002/11/01
■参考文献:佐藤魚水「ヒラメは、なぜ立って泳がないか」〔魚の謎解き事典〕,pp.190-191(1995)